カナダ生活2⃣
- 髙田蓮

- 6 時間前
- 読了時間: 3分
こんにちは。前回の記事に続き、今回はカナダでの「語学学校選び」と、そこで得た気づきについてお話しします。
渡航前、エージェントや経験者のブログでよく耳にしたのが「語学学校はビジネス色が強く、ハズレも多い」という噂でした。せっかく安くない授業料を払うのに、ただの思い出作りで終わらせたくない。そんな思いから、私は日本からの申し込みはせず、現地に到着してから自分の足で学校を探すことにしました。
自分の目で見てわかった「現地のリアル」
実際に現地で何校かトライアル(体験授業)を受けてみましたが、噂通り、現実はシビアでした。
ある学校では、教室のドアを開けた瞬間、日本語の話し声が飛び交い、「ここは渋谷か?」と錯覚するほど日本人の生徒ばかり。また別の学校では、私たちが中学・高校ですでに習熟しているような文法ドリルを延々と解くだけの時間…。 「これなら日本で一人で勉強するのと変わらないじゃないか」 そんな焦りを感じながら、いくつかの学校を巡りました。
正解のない議論:ディスカッション中心のクラスへ
最終的に私が選んだのは、文法よりも「発言すること」に特化した、ディスカッション中心の小規模な学校です。
ここの授業は刺激的でした。特に印象に残っているのが、**「オンライン英会話は英語学習に有効か否か?」**という議題です。
日本では、SNSなどの議論を見ると「Aが正義、Bは悪」といった極端な結論になりがちですが、カナダの教室は違いました。 例えば、私の隣にいたペルー人のクラスメイトは、「対面の温かみがないと言語は育たない」と否定派の意見を述べ、一方で韓国人の留学生は「効率とコストこそが学習の継続を助ける」と肯定派の意見を論理的に展開していました。
誰もが自分の意見を堂々と主張するけれど、相手の意見を否定はしない。「話す時間」と同じくらい「受け入れる時間」が印象的でした。
当初の私は、緊張から流暢に話すことはできず。それでも、必死に伝えた私の拙い意見に、みんなが耳を傾けてくれた時の安堵感は忘れられません。 「大事なのは完璧な英語を話すことではなく、相手に思いを伝えること」 言語を学ぶ本来の目的を、肌で再認識した瞬間でした。
教室の外で:教会でのミートアップ
学校が終わった後の放課後は、さらなる実践の場を求めて、地元の教会が主催するミートアップ(交流会)に参加していました。
ステンドグラスから西日が差し込む静かな空間で、現地のお年寄りや様々な国の人たちとコーヒーを片手に語り合う時間。学校の授業とはまた違う、生活に根差した生きた英語に触れることができました。そこでは、私の専門である音楽の話や、日本の文化について話すこともあり、言葉の壁を超えて心が通う楽しさを知りました。
「傾聴力」と今の指導スタイル
こうして振り返ると、カナダでの学び直しを通じて私が手に入れた最大のスキルは、英語力そのものよりも**「傾聴力」と「多様性を受け入れる余裕」**だったように思います。
「どんな意見も一つの正解として受け止める」 このスタンスは、帰国後、私が英語講師として生徒さんと向き合う上での大きな指針となりました。
生徒さん一人ひとり、得意なこともあれば苦手なこともあります。以前の私はもう少し「こうあるべき」と正解を押し付けていたかもしれませんが、今は生徒さんの主張や感覚を受け入れ、その子に合った学習方法を一緒に探すことを忘れないようにしています。 それが、結果として生徒さんの成績アップや、何より「英語が楽しい」と思ってもらえる授業作りにつながっていると確信しています。
(次回へ続く)

コメント